そらまめのおと

ももんがさん。から そらまめのおとに名前を変えました!これからもよろしくお願いいたします。

個性って何だろう

こんにちは!そらまめです!

 

 

れんれんの通っている幼稚園(私立幼稚園しかない地域なので私立幼稚園です)には、附属の小学校があります。

 

縦割り保育を重要視した園風 や、幼稚園と小学校の子どもたちと…関わりを持たせたいという目的で、時々 共通の行事があり、附属の小学校の学生を見る機会があります。

 

 

れんれんは、幼稚園に入園してからずっと、〝おにいさんになったら その附属の小学校に入りたい〟と言っているのですが、周りのお友だちや先輩で、幼稚園から附属の小学校に上がる子は本当に少ししかいません(まぁ、もともと人数が少ないのですが(笑)それにしても少ない)

 

入園当初は「なんでなんだろ? 幼稚園はこんなに素敵なんだから、附属の小学校もいい教育をしているはず…」と思っていました。

 

が、一年間、幼稚園・小学校合同の行事を見て、発見したことがあったので記録しておこうと思います。

 

〝個性〟って色んな捉え方があると思いますが、ある一部分から見た〝個性〟 …と思って読んで下さるとありがたいです。

 

 

附属小学校の環境

私立の小学校…と言っても、競争率が高くて、お受験して…という雰囲気の学校ではありません。

 

幼稚園と同じように山の中にある自然豊かな、校舎も 木をふんだんに使って建てられた小学校です。

 

通ってくる子どもたちのイメージは、フリースクール…とまではいかないけれど、少人数で落ち着いた雰囲気と、先生たちの目が良く届く環境が気に入って入ってきたんだろうな、という感じです。

 

 

合同の行事 芸術の会

発表すること に対する意識

いや、ちょっと前にやったクリスマスの生誕劇を見ていても思ったのですが、この芸術の会で決定的になった思いがあります。

 

この会では、作品展示の他に、幼・小が演劇や歌などの発表を行いました。

そこで小学生の演劇を見て感じたのは…

 

「なんで、小学生より園児の方が出来がいいのか??( ゚д゚)」

 

そりゃ、小学生ですもの、練習だって勉強の合間に…だし、そんなに時間もかけられないはず。

……ってところを加味しても、酷すぎやしないか。

 

プログラムには、〝子供たちが自分たちで作ったお話を演じています。子どもたちの個性をご覧ください〟的なことが書いてありました。

 

親の目線と、〝個性ってなに!?〟

この劇、その小学校の子どもたちにはウケていたようです。

が、幼稚園の子どもたちと、私たち保護者は「ぽかーん…」でした(笑)

 

そこで、先生たちに疑問を持つわけですが…(^^;

 

〝子どもたち〟は、生まれてから今まで生きてきた中で経験した、楽しかったことや面白かったことの体験をもとに お話を作って演じただけ ですからね。何にも悪くないし、彼らにとっては良い経験の一つだと思います。

 

…が、それだったら「お楽しみ会」とか、せいぜい「授業参観」とか、自分たちだけで楽しむ非公開のイベントでやったらいいのに、と思ったわけです。

 

子どもたちの〝個性〟を言い訳に、教育の部分をどこかに捨ててきたんですか、先生っ( ゚д゚)!

と危うく突っ込むところでした。

(厳密には、その後すぐに幼稚園の個人面談だったので、担任の先生には〝感想〟という名目で突っ込んだような…(^^;)

 

〝芸術〟や〝発表〟という名前がつくイベントである以上、最低限、

「お客さんに見てもらおう!」

という意識の部分と、一番近くにいるお客さんである〝先生たち〟に、

「私たちにはこういう風に見えているよ」

という相互のやり取りくらいは、最低限あって欲しかったなぁ…と思ったわけです。

 

 

小学校の教育と個性

1 + 1 =

 

有名なエピソードですが、誰でしたっけ?エジソンでしたっけ?(´∀`)

 

幼稚園では、色々な考え方、感じ方が認められているのに、学校に入ったら、これだと×になってしまいますよね(^^;

 

だけど、〝ここでいう「1」とは、粘土玉じゃなくて、ビー玉ですよ〟(←バーナー持ってこられたらおしまいだけど。)っていう定義をいちいち説明しないと分からない子達はどんどん排除されていくのが学校なのか…と思うそらまめもいます(この例えは極端だけど)

だって、この定義が〝当たり前〟でないと、次の課題に進めませんもんね(´∀`)

 

これは、物事の考え方の〝個性〟ですが、そもそも、授業に参加しない ことを子どもが選択したとしたら、それだってある意味〝個性〟。

でも、参加しなかったら注意されたり、促されたりしますよね、学校って。

 

 

授業の内容だって

「◯年生はこれを学びます」

と決まっていて、学校で過ごす全ての時間を、子ども自身に何を学ぶか決めさせる学校はなかなかありません。

 

 

意識しているかどうかはさておき、個性を、状況に応じて出したり引っ込めたりできない子は学校に対してストレスを感じるはず。

(今日のテーマからズレますが、学校以外の義務教育の履修方法がもっと多様にあればいいのに…ですね^ ^)

 

 

……と、話がそれましたが、学校で「個性」を扱うのはだいぶ難しいような気がする、と先生の気持ちを推測してみたり。

 

逆に、その芸術祭で個性を…と考えるのであれば、一人一人の〝個〟がもっと際だつ内容にすればよかったのに…とも思いました。

 

 

私も気をつけよう

「子どもの個性を大事にします」

って、よくありそうな言葉ですが、そもそも、子ども=個性だし、なんなら大人の私もあなたも個性な気がしてきました。

〝個性〟って、きっともう、最初から、生まれたときからずっとそこにあったんですよ、きっと(´∀`)

 

もういっそ、「あなた を大切にします」、わたし(´∀`)。

 

 

お仕事(リトミックとピアノを教えています)でも、その子を大切にした上で、その子以外の何か(作曲家や、人じゃないけど、曲そのものや、楽器、あと、私とか)を、その子自身と同じように大切に思える感覚を一緒に味わっていけたら、最高ですね(´∀`)

 

……と、悶々と考えた末に、理想論にたどり着いたそらまめでした。

 

…というか今まで理論立てて自覚していなかっただけで、このことって、教育のスタートラインなのでは…。

 

 

そして、〝あなたそのものが大事です〟 って子どもに きちんとわかってもらえた上で、初めて音楽を通して向き合えるんですよね。

これからも頑張ろう…。

 

 

 

え、話 なげーよ って?

すみませんでした〜!

 

今日もありがとうございました!