そらまめのおと

8歳&2歳ボーイズの母が綴る育児記録と日々の日記。

母親の旅立ちを見送りました。

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ご無沙汰しております、そらまめです!

 

ブログにメニューを作ってからずっと放置していました。汗。

 

そして先日、母が亡くなり、バタバタしていました。

今は告別式が終わり、ちょっとほっとしています。

 

 

私の母、ちょっとアルコール依存症気味で、しかも痩せ型で食事をあまり摂らないのもあり、肝臓を痛めていて。

3年ほど前に胃から大量出血して入院。

その時は持ち直したものの、体調が良くなるとまた飲酒を繰り返し…

 

今回は肝臓が悪い状態で食事も摂らないことから便秘になり、それが原因にで敗血症に。

入院して抗生物質を点滴してもらって、諸々の数値は良くなったものの、(ごはん食べてないから…!)回復するだけの体力がなく、そのまま天国へ旅立ちました。

 

意識を失って搬送されてからはほぼ一度も目を覚まさず…という感じかな。

 

前回胃から出血した際に担当のお医者さんから

「お酒辞めなかったら、次はないですからね」

と言われていましたが、本当にお医者さんの言う通りになりました。

 

病院はコロナ禍で付き添いや荷物の受け渡し等で入れるのは2名まで。

それも、病院から『来てください』と指定があった時のみ…。

対応は 母と住んでいた父とまだ実家にいる私の一番下の妹がやってくれたので、私が最後に生きている母に会ったのは亡くなる1週間前。

下の子りんさんを連れて 実家にて昼食を一緒にしたのが最後でした。

 

 

「次はない」

と言われてはいましたが、母はまだ60代。

もちろん事前には何も準備しておらず、搬送先の病院で亡くなってから葬儀まで、喪主の父は 自宅にお線香をあげに来てくれる母の友人の対応をしながら同時進行で葬儀会社とお経をあげに来てくれるお坊さんと打ち合わせをしたり…。

かなりハードスケジュールになっていました。

 

 

コロナ禍の葬儀 告別式のみの家族葬。

ずっと専業主婦だったことと、このコロナ禍もあり、お通夜はやらずに告別式のみの家族葬にしました。

準備の済んだ母は自宅に一晩帰ってきて、翌朝に葬儀場にて告別式まで保管という形になりました。

 

母が戻ってくるまでは、病院で手続き&母や葬儀会社の人と行動を共にするチームと自宅を掃除するチームに分かれてそれぞれ準備…という感じでした。

 

母の場所やお線香などの準備が決まって、葬儀会社の人たちが撤収したら次は母のお友だちが お線香をあげてお別れをしに来てくれました。

 

我が家の場合は、この時間が自宅で良かったな…と感じました。

なぜかというと、母のお友だちには高齢の方も多くて足が悪い…というパターンが多発していて。場所が近くて、気軽に来てもらえてよかった。

 

 

孫たち大集合でめっちゃにぎやか…!

ところで、私は3姉妹。

それぞれ孫を連れてくると子どもだけで7人いることになります。(^^

 

我が家も含めてまだ未就学の子どももいて、まるで実家に遊びにきたような明るい雰囲気でした。笑。

 

お線香をあげて涙しているベーさんに

「なぁんで 泣いてるの~? まだ泣いてるの?」

と言い出す子もいて。苦笑。

本当に、いつも通り。

 

そして、葬儀の準備や打ち合わせでバタバタしているはずの父親が突然、

「棚にカレールーがあるから、子どもたちの夕食はカレーでいいかな」

…と言い出すのです。この状況下で。笑。

 

 

母のことだけ考えていてくれて大丈夫なのに、こんな時でも孫のことが気がかりなのね。苦笑。

 

我が家、実家から徒歩圏なので、私が一度自宅に戻りカレー作りを担当。

孫たちと、各夫たちが夕食にカレーを食べに我が家に寄り、食べ終わると子どもたちを連れて わいわいがやがや 帰っていきました。

 

 

寝ずの番ごっこ

子どもたちが帰って行ったあと、私は残ったカレーを持って実家に戻り、父と、私たち娘3人で食卓につき、一緒にカレーを食べました。

こんな風に実家メンバーだけで食事なんて…!

妹は早々と結婚したし、何年ぶりだろう。

 

子どもの頃のように、

「おかあさーん、ご飯できたよー!」

なんて声をかけながら。

 

その後、お線香やろうそくの火を絶やさないように、姉妹3人で寝ずの番をやりました。

本当は 夜なにもしなくていいように、一晩もつ渦巻き型のお線香も葬儀屋さんが用意してくれていたのですが、実家の猫さんが興味津々に噛み付いたり猫パンチをしたりして破壊してしまったのです。(^^;;

 

その様を見て、夜見ていないと今度は母が猫にやられるかもしれない…という話になり。笑。

 

〝お父さんはいろんな事務手続きもあるから寝て〟

と、姉妹3人で寝ずの番をやることにしました。

(鬼滅の刃を17巻から読み直しながら。)

 

でもね、起きていても うっかりしそうになるくらい、ろうそくと お線香の持続時間が短くて。

途中でこっそり、家の仏壇にもともと入っていた大きなろうそくに替えました。

ろうそくって、箱に持続時間が書いてあるのね。

1時間のろうそくから、5時間もつろうそくに替えて一安心。

 

 

途中、交代で1~2時間づつ仮眠を取りながら、無事に寝ずの番を終えました。

 

 

あにきさん。

家族葬。しかも、父は北海道出身、母は青森出身。それぞれの親族も誰も来られませんでした。

唯一、母のお兄さんが関東に住んでいたので来てくれました。

母方のじいちゃんは、ちょっといろいろあったおじいちゃんで、血のつながった兄弟は このあにきさんだけ。

(母がこのお兄さんのことをずっと『あにき』と呼んでいたので、私たち家族もあにき、と呼んでいます。(^^)

 

なんの前置きもなく、亡くなったご報告と葬儀のお知らせが同時になってしまったのですが、電話口で

 

『あんの ばか! 酒がやめられなかったんだべ!』

 

と少し離れた場所にいた私にもはっきり聞こえるように言っているのが聞こえてきました。

 

 

口が悪いんだけど でもね、それをきいてちょっと気持ちがすっきりしたのでした。

 

母がなくなった原因はやっぱりどう考えてもアルコール。

でも、生きているときも亡くなってからも、それをやめるようにうまくやってあげられなくて。

まわりもみんな、

「お酒、好きだったんだもんね」

と、例えるなら〝仕方ない〟のひとことでみんな自分を納得させていたところがありました。

 

そしてそれを、あにきさんが バッサリ断ち切ってくれた感じがしました。

 

そうだよ、お酒なんてクソだよ。

 

きょうだいの良さって、こんなところにもあるのか…と思ってしまいました。

 

***

 

ところで、葬儀の日にはこのあにきさん、母の写真を求めておりました。

葬儀で使った写真の小さくプリントしたバージョンを持ち帰ってもらいましたが、他にもほしい…と言っていて。

 

普段あまり写真を意識して撮らないのですが 写真が必要な場面があることがわかり、親の写真もそうだけど、自分たちの写真もちゃんと定期的に撮っておこう…と思いました。

 

余談ですが母の葬儀に使った写真は10年ほど前に旅行先の桜の下で撮ったもの。

ちょうど今の季節にもぴったり…、ということで背景はそのまま使いました。

 

あぁ、季節感のある写真を撮っておくといいんだね、となりました。

 

葬儀用の写真を探しながら、過去の自分たちの写真もたくさん見つけて、

『みんな若い!』

…となる場面も。

 

奇跡的に、私の結婚式の写真の中に、母とあにきさんが並んで写っているものをいくつか見つけたので、プリントして送る予定です。

 

 

そんなこんなで…

母の旅立ちを家族みんなで賑やかに 見送ってきました。

もう実際に会って話すことができないのは、寂しい…というよりはまだちょっと不思議な感じ、という表現がぴったりくるかな。

 

そして、悲しさよりも母がアルコールから解放された…という安心感の方が何倍も大きいです。

 

もうかれこれ20年くらい、私がまだ学生だった頃から、夕方になるとそっと家を出て毎晩飲み歩く母。

 

私の目には母が自分で自分を傷つけているようにしか見えませんでした。

そんな母の姿をこれ以上見なくていいんだ、という妙な安心感です(^^;;

 

家で一緒に飲んであげられたならこんなことにはならなかったんじゃないか、とか、そもそもお酒に走るストレスの素は自分にあったんじゃないか、とかそういう後悔はいくらでも出てきますが…。

 

それでも、私が今こうして大好きな家族、子どもに出会えたのは、他ならぬ母が私をこの世界に呼んでくれたから。

最後に残るのはやっぱり感謝です。

 

告別式の前日、葬儀場に母の顔を見に行ったときに、エレベーターでご一緒した 別の葬儀で来ていた知らない高齢のご婦人を見て父が

「かわいいおばあちゃんだな…」

とぼそっと言った後  私の妹が

「お母さんもあんな 小さくてかわいいおばあちゃんになる予定だったのにね…」

と言っていたのがちょっと切なかったなぁ。

 

 

演歌歌手の八代亜紀さんに似た、歌の上手な母でした。

 

 

なんだかしんみりした感じになってしまいましたが……。

(バタバタした春休みは終わり、いつの間にやられんさんの新学期も始まっていて本当に驚きます…!)

 

 

本日もありがとうございました。